バリヒンズー教が色濃く残るテガラランの小さな村のお葬式に参加しました

バリヒンズー教が色濃く残るテガラランの小さな村のお葬式に参加しました

ウブドの北部、テガララン地区にある小さな村の壮大なお葬式に参加してきました。

村を上げての3年に一度の大お葬式は過去3年間にこの村出身で亡くなった方、38人の方のために行います。

魂を集める、埋葬していた土から掘り起こし、「牛形の棺桶」に載せ燃やすことで体を天上に送る。

その後、村のお寺に魂を移動し魂を天上に。最後は水流が合わさる村の水路でお清めをして終了となります。

はじめに、私はバリヒンズー教に詳しいわけではありません。

パスカクのデザイナーに聞いたことを記載しております。間違った解釈をしているかもしれませんがご了承ください。

1. 背景

なぜこの村のお葬式に参加したのかというと、パスカクのデザイナーは全員がこの村の出身だからです。

長年バリ島に住ませて感じたのは観光業への依存度合いの高さ。

その観光業もジャカルタやスラバヤの都市から来る、しっかりと教育を受け、環境で学んだ優秀な人達が重要なポジションにつく割合が多くなってきています。

もともとパスカクの前身は老舗IT会社ということもあり、コンピューターを使った仕事をしてたので、どうにか新しい技術を使った「観光に左右されない現代の輸出できるコンテンツ」を確立できないかと考えた上、1つの村からの積極採用で村と共に成長していくいう道を選びました。

その為、村の大きな催事にはデザイナーが全員参加することになり作業は出来なくなってしまうのですが、村からのサポートは多大に受けることができ、デザイナーのモチベーションにもつながっており、クオリティを上げる事によりお客様に還元させていただくという形になっております。

村をあげての大お葬式はもちろん全員参加。私も村からぜひ来てほしいと言われ前日の夜から村に1泊で参列することになりました。

2. 名称整理

村の名前 : Kedisan

お葬式 : Upacara Ngaben

埋葬している場所 : Kuburan

火消しの聖水 : Tirta Toya Penenbak

神輿 : Bade

牛形の棺桶 : Lembu

僧侶 : Manku

3.前日の夜

当日の火を消すための使う「火消しの聖水」を00:00ぴったりに川の水流が合わさったところに竹筒に汲みに行きます。

遠くでガムランの練習の音が響く中、時間までは久々にあう人たちと座談会。

パスカクのデザイナーと座談会

パスカクのデザイナーと座談会

村の人達は村だけで暮らしてくことは出来ないので、いろいろなところに暮らしています。

このKedisan村はまだバリ島の観光業も発展していない時代、生きていくために村の人口の半分ほどが開拓民として他の島に移り住むということを選びました。

1963年にはスマトラ島に、1970年にはスラウェシ島に、村の人口の半分ほどがKedisan村を離れたそうです。

そういった他の島からもこの大お葬式にどんどん人が集まってきており、バリ人には故郷というのがとても大切なものだとわかります。

00:00になり、亡くなった38人の直系の子孫が「火消しの聖水」を川へ取りに行きます。

水を汲み上げるのは2つの川が1つになるところ。

バリ人はこういう交わる場所はとても大切にされています。

よく道の交差点の真ん中にもお供え物がされているのは、ここにスピリチュアルな気が集まると言われているからです。

そこには怖くていけませんでしたが、バリ人も怖いからお酒などを飲んで向かう人が多いそう。

川までの道中はしゃべってはいけないらしく、38人の子孫は肩をぶつけ合ったりしながら合図を取り歩いているそうです。

パスカクのデザイナーと座談会

トゥアックと呼ばれるパームから取れるお酒 これがうまい!

4. 当日の朝

AM6:00くらいから「神輿 」を清めていきます。僧侶が中心となり村の人が順番に祈りを捧げます。

同時期に「埋葬している場所」の「牛形の棺桶」にも祈りを捧げていきます。

この場所はとてもきれいでキラキラしていました。

Badeと呼ばれる神輿

Badeと呼ばれる神輿

Badeと呼ばれる神輿

Badeと呼ばれる神輿

神輿に祈りを捧げます

神輿に祈りを捧げます

埋葬されている場所と牛の棺桶

埋葬されている場所と牛の棺桶

5. 掘り起こし

38人の方が眠る「埋葬している場所」から亡骸を掘り起こします。

しゅくしゅくと掘り起こして骨を集めるという感じかと思っていましたが、全然違いました。

男たちが雄叫びを上げて土を掘り、遺体を探します。

見つけると数人の男たちがその亡骸を担いて「牛形の棺桶」に亡骸を収めていきます。

土葬されてから日がたっていない方は1年くらいだそう。

亡骸は骨だけのものも、骨の周りに土化したものがついているのなどいろいろありました。

途中で髑髏や足が落ちることもあったり、入れる方向が違うとくるくる回るものあったり、掘り起こした穴に運んでいる途中に落ちることもあったり、雄叫びと共に、かなりてんやわんやな感じでした。

Kedisan村の「埋葬している場所」は、とてもいい場所らしく、四方が崖になっており尾根にあるので水分があまりなく乾燥しており遺体の状態はいいほうだそうです。

村にそういった場所がない場合は大変で、遺体がびちゃびちゃの場合も多いとか。

この掘り起こしも男たちはお酒を飲んでやっている人が多く、やはり怖いんだろうと感じました。

お酒の力を借りて興奮しながらやりきる感。

女たちは男たちが担ぐ亡骸が怖いらしく、避難している人も大勢いました。

動画 | 亡骸を掘り起こして牛型の棺桶に収めます。髑髏や骨などが少し映るので注意してください

亡骸を掘り起こした後の穴 印象的でした

亡骸を掘り起こした後の穴 印象的でした

尾根にある埋葬されている場所からみた風景 横は崖に囲まれている

尾根にある埋葬されている場所からみた風景 横は崖に囲まれている

6. 「神輿」を担いで移動

12:00くらいから「神輿」を「埋葬している場所」に移動します。

この「神輿」が「埋葬している場所」に移動するという行為は、まだ地上に残っている亡き人の魂を「神輿」入れ、天上に送り届けるという意味があるようです。

各「神輿」には1つのガムラン部隊がついており、ガムランが鳴り響き始めると、男たちが集まってきます。

「僧侶」の用意が終わり「神輿」に魂が入ります。

「神輿」に魂がはいったと「僧侶」がいうと。おおお!という男たちの掛け声がかかります。

こちらももっと静かに運ぶ感じかと思っていましたが全然違いました。

鳴り響くガムランの音の中、「神輿」は担がれドドドドーっと走っていきます。

ゆっくり映像を撮ろうとしていたんですが、私も慌てて走る感じになりました。

今回は「神輿」はスムーズに走り「埋葬されている場所」に進んでいきましたが、たまにまだ現世に未練があったりする魂いる場合は「神輿」は暴れて全然まっすぐに進まずあっちこっち行ってしまうようです。

一度担いだら、運び終わるまでは絶対に離してはいけないので、男たちは必死です。

「神輿」の中段には「僧侶」しがみつき祈りを唱えながら進んでいきます。

この「神輿」の役目は「埋葬している場所」についた時点で完了します。

今回は3台の「神輿」があったのですが、到着地点にスペースがなかったようで、そのまま谷に捨てられました。

行為を大切にするバリ・ヒンズーはこういった物に対して潔さがあります。

動画 | 神輿の担ぎ手のテンションを最高潮に引き上げるガムラン

動画 | 神輿を移動! 思ったよりも速い!

7. 「牛形の棺桶」を火葬

「神輿」によって運ばれてきた何かを「牛形の棺桶」に入れます。

そして女たちはお供え物と祈りを捧げます。

男たちは泥まみれの足を洗ったり、疲れて座り込んでいます。

女たちが準備をする間、ガムラン舞台がガムラン合戦をはじめました。

「初めて知ったのですが、ガムランにも新しいものもあり、私がよく聞くものと全く違うものを演奏していました。 いわゆるモダンガムランと言うらしいです。音に圧倒されました。

「牛形の棺桶」に火が放たれて亡骸も天上に送られます。

38台に一斉に火が放たれて、辺りは煙と熱波に包まれます。

男たちは熱い空気の中、燃えていないところに火を付けていきます。

最後には「火消しの聖水」で消化。

実際にはそれだけでは足りないので、たくさんも水が運ばれてきました。

「私はここで用事があったために村を後にしましたが、この後に村のお寺に儀式が無事終わったことへの祈り、「火消しの聖水」を汲みに行ったところでのお清めがあったそうです。

動画 | ガムラン合戦 モダンガムラン

動画 | 牛型の棺桶を燃やします。熱い・・・

牛型の棺桶に火が放たれる

牛型の棺桶に火が放たれる

8. まとめ

現代は人、カネ、モノが枠組みを超えて活発に移動し、あらゆるものが統合するグローバリゼーションの時代。

こんな時代だからこそ、波にのまれないように絆、ルーツを確認することが必要なのかもしれません。

もう一度自分のアイデンティティを確認し、そしてやりたいことをこの村と共に出来ればと強く思いました。

こんな小さな村での儀式ですが、興味のある方は是非ご連絡ください。

私と一緒に村の行事に参加しましょう!

9. プロフィール紹介

望月 伸高 Nobutaka Mochizuki

パスカク 責任者  (株式会社MCO 代表取締役) : http://perskaku.com/
2002年夫婦でバリ島に移住。2005年にIT会社「Nol Graphic」を現地パートナーPutuとバリ島で立ち上げ。現在は「パスカク | 建築パース革命」を、建築パース制作業をウブド テガラランを中心に行っている。
バリ島には凄い人が沢山いて頑張っているんだと旅行者の方にも知ってもらいたく、インタビュー形式での「バリ島の中の人」の聞き役をつとめる。

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